弁護士法人女性協同法律事務所

〒810-0000福岡市中央区天神2-14-8福岡センタービル4F TEL092-751-8222

事務所紹介・アクセス

事務所紹介

女性弁護士による、女性の権利を守るための事務所として、1989年1月、福岡市に開設されました。女性弁護士だけが所属する法律事務所としては、日本最大級の事務所です。2009年には法人化(弁護士法人)をしています。

設立から四半世紀、私たちは、一般的な弁護士の仕事全般を扱いつつ、全国に先駆けた福岡セクハラ訴訟をはじめとして、セクシュアルハラスメント・DV・性暴力・ストーカーなどの問題に、ご相談やご依頼を受けること、市民の皆さん・行政・企業における講演等による予防・啓発活動などを通して、事務所全体で取り組んできました。

また、一人一人の女性が、その人らしい人生を歩むために不可欠のものとして、平和・平等・個人の尊厳を守ることを事務所のポリシーとしており、女性・子ども・障がいのある方・LGBT(性的マイノリティと言われる方達)・外国籍の方達や、労働者や患者などの立場で問題を抱えた方達の問題には、特に積極的に取り組みたいと考えています。

ご相談・ご依頼については、離婚・相続・後見など家庭に関する問題、離婚等に伴う親権・子どもの引取りに関する問題、債務整理、などに関するものが特に多く、創立以来2010年6月までの21年半の間に、期間中前半は弁護士が2~3名しかいなかったにも関わらず、合計約7500件の相談を受けました。

ここ数年は毎日4名以上の方のご相談をお受けできるような体制を取り、可能な限りスピーディーに、皆様のお話を伺い、取り除いていただけるよう尽力しております。

また、このような多数の問題を解決するなかで、多くの県内外の弁護士・女性や被害者によりそう支援団体・行政機関・医療関係者(臨床心理士等含む)・司法書士・税理士等他業種の方達との連携も増え、より幅広くご相談にお応えできるようになりました。

2009年の法人化以降は、弁護士法人としてご依頼を受けることにより、弁護士各人の業務状況に関わりなく、後見・見守り契約などの長期間にわたるご依頼についても、安定的にお受けすることができるようになっています。

設立当時の様子はこちら

福岡セクシュアル・ハラスメント訴訟についてはこちら

アクセス

事務所の場所は福岡市の都心部です。バスでも電車でも便利です。

〒810-0001
福岡市中央区天神2-14-8
福岡天神センタービル4階

地下鉄天神駅 1 番出口よりセンタービルへ入れます。
りそな銀行・野村証券の看板が目印です。

大きい地図でみる

TEL 092-751-8222

FAX 092-751-8220

設立当時の様子について

1989年1月の設立当時は、まだ、法律事務所の多くが、弁護士の名前を事務所名とし(鈴木法律事務所・佐藤法律事務所など)、紹介者がいなければ法律相談を受け付けていませんでした。また、社会に出て仕事をしている女性は、今よりもまだまだ少ない状況でした。

そのような中で、多くの女性にとっては、法律上の問題を抱えた時に、相談先を探すことが極めて困難なことでした。特に、自分や配偶者の勤務先の顧問弁護士への相談をしにくい、離婚をはじめとした家庭内の問題を抱えた女性はそうであったと思います。

私たちはそのような状況をなくし、あらゆる女性が、電話帳さえ調べれば、「女性からの相談を受け付けている法律事務所だ」とわかるように、女性協同法律事務所を開設しました。

ここに、事務所開設当時の新聞記事があります。

女の悩みを弁護します

この記事が掲載されてから、10年間ほどたってからも、色の褪せた、しわくちゃになってしまった記事を握りしめてご相談にみえられる女性達がいらっしゃいました。

彼女たちは口々に、「何かあった時には、ここに行こうと思って」と、長年記事を隠し持って、辛い日々を耐えてこられた思いを語られました。

時代は変わり、今日は、弁護士にアクセスのしやすい情報化社会となりましたが、私たちの気持ちは変わりません。

同じように、「何かあった時には、ここに行こうと思って」と思って力を出していただける、それぞれの方の人生の、縁の下の力持ちになりたいと思っています。

福岡セクシュアル・ハラスメント訴訟について

1989年1月、女性協同法律事務所が誕生したという報道を見て、一人の若い女性が相談に来られました。相談内容は、出版社勤務をしていた女性が、職場で編集長から、言葉による性的嫌がらせを受けて、専務や社長にも被害を訴えたが、会社は加害者をかばい、結局彼女が退職に追い込まれた。調停の申立をしたがらちがあかなかったので、編集長相手に名誉毀損で裁判をしたいというものでした。

この相談を受けた辻本は、「縁の下の力持ちとして、男を立てつつ働くことを求められ、それからはみ出したら、攻撃される」という職場における性差別が問題の本質であると思いましたが、一方、それは、セクシュアル・ハラスメントという概念もなかった当時の職場ではごくあたり前の風潮で、ただ、名誉毀損で裁判を起こしても、どこでもあること、みんながそういう中で働いているのだから「受任限度の範囲内」だとして、裁判で負けるだろうと判断しました。

そこで、辻本は、彼女に、勝つ可能性が高いとはいえないけれども、もし裁判をするのなら、この件は性差別だとして、編集長だけでなく会社も訴え、女性の働き方を問い直す裁判にして、同じような被害を日々受けている女性達の支援を受けてするべきだと説明し、広く支援者を募ることを薦めました。

そして、辻本と原田は、このような事件は、弁護士の方も女性弁護士の力を広く結集しなければ戦えないと思い、福岡県弁護士会に所属する弁護士全員に弁護団への参加を訴えました。

しかし、当初は、女性弁護士でも、これがどうして性差別なのという疑問を呈する人がいる状況で、性差別であることを裁判所に理解して貰うことはなかなか困難に思われました。

そういう中で、東京の女性団体が翻訳した、アメリカの女性労働者向けに作られたパンフレットに出会ったのです。そこに紹介されていた概念こそ、「セクシュアル・ハラスメント」でした。欧米では当時、「セクシュアル・ハラスメント」が性差別の一種として認められていたのです。日本と欧米では法体系は違いますが、人権について国境はありません。欧米で差別なら、日本でも差別です。

「セクシュアル・ハラスメント」という概念をつかって裁判をしようと決まると、準備は急速に進みました。支援団体も弁護団(東京からも1名参加)もでき、その年の8月5日に、被告を編集長と専務、雇い主の会社として、我が国初のセクシュアル・ハラスメント裁判が始まったのです。

この裁判が社会の注目を集めたのは、「セクシュアル・ハラスメント」という概念が目新しかったからだけではありません。同じような被害を受けた被害者が加害者を訴えた裁判はそれまでもありました。けれども、雇い主を訴えたのはこれが初めてだったからです。会社の責任を追及しなければ、性差別のない職場環境に改善していくことは出来ません。

1992年4月16日、福岡地方裁判所は、勤務先会社と上司たちの責任を認め、女性に対する損害賠償を命じました。

この判決に最大のショックを受けたのは、使用者団体で、マスコミはこれを「セクハラ・ショック」と呼びました。

この裁判は、裁判の支援団体が作った記録集の題にもなっていますが、いわばそれまでの「職場の常識を変える」裁判でした。

その後、セクシュアル・ハラスメント裁判が相次ぎ、均等法のなかに、事業主のセクシュアル・ハラスメント防止規定がもりこまれることになっていきました。

ページトップへ戻る